20180525

時間の制約があるなかどれだけできるかという。

 

勉強とまったく関係ないですが、物語が人間にとって不可欠だと思う今日この頃。

時代や人によって好まれる物語は変わる。

今の時代、様々な物語が存在するが、その語り口というか、文法、無意識の作者は共通なところがある。

そのことに意識的でないと、ゾンビになる。

表面的に流布する物語をただ消費するだけであってはいけない。

物語を受動的に読むだけの人であってはいけない。

物語のパターン、背後の意図を意識しなければならない。

そしてまた、自分自身で物語を語れるように研鑽しなければならない。

小説を書くとかそういう創作をするべきということではなく、

物語を語る能力を磨いていく必要があると感じる今日この頃であった。

2018得点目標

主要4科目:正答率85%なら、46問の正答が必要。ミス7問まで許容。

憲刑民訴:正答率80%なら、9問の正答が必要。ミス2問まで許容。

民保・執、司法書士、供託:正答率70%なら、4問の正答が必要。ミス2問まで許容。

合計:正答59問。ミス11問。177/210(約84%)

全体得点の足切りが215としたら、差分は38.

ゆえに記述で38/70(54%)以上が必要。

暗記事項

【不登法】

登記名義人の氏名等の変更登記を省略できる場合とは:「所有権以外の権利」の「抹消登記」における「登記義務者」の氏名等の変更登記は省略できる。抵当権の債務者変更も。

所有権更正登記は必ず主記登記。

根抵当権に持分はない。ゆえに共有者の権利を一部譲渡できない。単独でしか分割譲渡できない。

根抵当権の優先の定めの登記は、全員で合同でする。共同ではない。

根抵当権の一部譲渡は確定前のみ可能。

20180521

記述式のテクニック・ポイント。

予備校の模試解説講義のまとめ。

不登法。

・どの不動産の登記の回答を求められているか、確認する。何を問われているのか確認するという基本的なことだが、無駄な記載に惑わされないために必ず。

・不要な補足情報は削除する。無駄な振り返りを防止するため。

・申請登記リストを書く。今回、必要に迫られて書いたものをより洗練させる。

テクニック的なものはそれくらい。テクニックというほどのものでもない。

ポイントとしては、不動産所情報、名変の有無、相続の財産、相続人のリストアップなどのチェック。これまたあたりまえである。

 

商業。

登記不可問題対策としては、特に決議の有無をチェック。

役員タイムチャートの書き方。これはためになった。

 

やはり、記述式の問題は、さほど複雑ではない。ただ細かい、という印象。

細かい知識を正確に押さえて、落ちついて問題を整理すれば、なんとかなる。

と、思いたい。

20180520

模試でした。

なかなか厳しい結果ではありましたが、前向きにとらえる余地はあります。

 

択一に関して。

憲法、刑法は十分できるので何もやる必要はない。

供託、民訴民保民執、民法会社法も対策が必要。

肝心の登記法に関して、学習開始当初、あまりにもチンプンカンプンでどこが問いの焦点であるかすら認識できていなかったですが、今回は初見の問題でも「あぁこれか」と思えるレベルにはなっていました。

今の時期のこの段階ということは厳しいと言えば厳しいですが、確実にステップアップしている。正解を出す段階に行くには、さらに繰り返し学習をして、なかなか定着しない知識、核になる知識をまとめて暗記、という作業が必要かと。

 

記述に関して。

初めて本番タイプの記述式を解いた(解けてないが)。大量の資料が問題についているのに一瞬たじろいだ。しかし、時系列で整理すれば、さほど複雑ではない、かな。基本的な実体法、登記のルール、書き方を押さえれば、最低限なんとかなる、かな・・思いたい。

対策としては本番タイプの問題を何回か解いて、処理方法になれる必要があることと、単純な問題で基本的なルール、処理法を会得しておく必要があると思われる。

 

次の模試は、2週間後。

そのさらに2週間後にもある。

そして、そのさらに2週間後が本番。

とりあえず、次の2週間後の模試に向けて準備する。

2週間でできることは限られるが、

記述で必要な知識を急いで身につける。

択一はとにかく短期間で、大量に繰り返し、暗記事項を絞る。

 

試験だの、法律だの、うんざりだが、やるしかない。

資格を取ればそれだけで道が開けるとは思わないが、自分の中で次へ進むには必要。

そして法律をまったく関係のないことをやりたい。

20180519

鬱々とするときはどうでもいい文章を書くと気が晴れる。

勉強に関係ないことを2点。

 

その1.一人の時間。

家族でも他人でも、ずーっと誰かと一緒にいると嫌になります。

なので、一人の時間は必要です。

「別に大丈夫だし」

と思う人も、いつの間にかストレスをためて、かえって人間関係を破壊する言動に繋がることがあるので、積極的に一人の時間を確保すべきです。

「一人の時間があると、むしろ不安」

というひとはモンスター化している恐れがあります。

しかし、一人の時間が過剰にある人は、逆に人と交流しなければなりません。

人と交流するときには、特定の能力が必要とされます。

その能力は、使わないとどんどん衰えます。筋肉と同じです。

「あれ、昔はもっと社交的だったのにな」

と言う人は、一人の時間が多すぎで、社交筋が衰えてしまったのです。

筋肉は限界を超えるまで使い、超回復させないと肥大しません。

社交筋を鍛えるには、自分ではきついと感じる社交的状況にあえて身を置き、戦わねばなりません。

そしてまさに私自身が、その必要性を感じているのです。

 

その2.受け身だからつまらない。

昔から思ってはいました。飲み会に参加しておきながら、「つまらない」というやつは、嫌い。人ごみのなかで、「うわー、すごい人ごみ。ばかじゃないの。」というのと同じで、お前もその人ごみの一部だよという。お前もつまらない飲み会の一部なんだよ、という。そのくせ、どういう神経をしているのか、高所から「つまらない」と言えてしまう人間。うらやましい。

頭から論点がずれましたが、「つまらない」と感じるのは、受け身だからではないでしょうか。「え、楽しませてくれるんじゃないの?楽しませてくれないの?・・つまらない。」完全に受け身。自分が楽しませてもらえる側の人間だと思えるモンスター級の自己肯定力。うらやましい。

さて、仕事ですが、私自身、かりそめにも勤めていたときには、毎朝「死ぬほど憂鬱」でした。つまらない一日が始まることがわかり切っているのに、家を出て、電車に乗って、パソコンをカタカタしなければならないのですから。予想可能な日々をまとめてポイしたら、もはや老後、そして死。そのつまらなさの原因は、サラリーマンというステータスに由来するものだろうと、当時は考えていました。家畜から脱して、野生の状態に戻り、自分のエサは自分でとりまさぁ、とワイルドになれば、この憂鬱からは脱することができるだろうと、考えておりました。そして実際に起業したわけです。確かに、以前ほどはつまらなくはない。でも、本質的には「つまらない」ことに変わりはないと気づいた今日この頃。

なぜか。それは、受け身だからではないかと思うのです。サラリーマンだろうが、起業していようが、仕事を受け身でやっていては、つまらないのではないか。客から「こうしてほしい」と依頼を受けて、仕事が発生する。これがつまらない。客の要求にガチっとはまった仕事をしなければならない。「自分でやりゃいいじゃないですか」と思ってしまう。でも客は自分でやるのは面倒だから、金払って頼む。金払ってんだから、言う通りにきっちりやってよ、とくる。あたり前なんですけど、これって猛烈につまらない。こっちのモチベーションとしては、まぁ金もらえるからやりますけど。くらいなもので、面白くもなんともない。なんで面白くないか。客の要求にこたえるだけの、受け身の仕事だから。上司からの指示を受けて、給料もらってどうでもいい仕事をやっているのと同じ。

おもしろくするにはどうしたらいいか。受け身から脱すればいい。誰にも頼まれてないのに、ものすごくおいしいまんじゅうを作る→客「ものすごくおいしいまんじゅう、ちょうだい、お金払うから。」というのが、いいですね。「じぶんの口にはあわない」という人はそもそも買わないし、そいつにあわせたまんじゅう作る必要もないから。

ポイントは、まんじゅうではなく、そもそも「誰にも頼まれていない」ところから出発する、ということではなかろうか。需要を作る、市場を作るというと恥ずかしい感じですが、そういうことです。「こんなのできましたけど、いる人いますか?」という。

「頼まれたから、仕事をするんじゃない。頼まれてもいないのにしたことが、仕事になる。」

格言ですね。至言かもしれません。

 

20180517

22:30に寝て、6:30に起床。睡眠時間8時間。

な、なんて理想的・・・。 

以前は21:00に寝て6:30頃まで寝ていたのだから大人になったものである。

 

さて、今週末は直前模試。

対策は。。。択一の方は少し楽しみというか、まだ充分対策しきれていないのではあるが、どれくらいできるか、というところが比較的冷静に観測できる気分ではある。

記述式の方は・・ある程度やった、という意識すらないので、すでに少し悲しい。でも仕方ない。

 

勉強量の方はやればできるじゃないかと少し自分でも思う程度にはやれている。この調子で年明けくらいから勉強していたらもっと楽だったろうにと、思ってもしょうがないことを思ってみたりもする。

厳密に、今から合格に必要な実力を要請するのに間に合うのかを考えてしまうと、ネガティブなことになりそうだから、そこはおおざっぱに「やれるだけやれば、なんとかなるかもしれない」にとどめている。今は、細かく計画など立てなくても、必要な勉強を淡々とやれる精神状態だからそれでいいと思っている。

学生時代、インカレ前にミーティングが開かれていた。明日から大会、というタイミングだったのだが、全体的に悲壮な雰囲気が流れていた。出場者が意気込みを語るのだが、「(今の実力で勝てる自信はないが)全力を尽くすのみです」的なコメントが多かった。この()に入った各自の自身の無さを敏感に感じた主将が最後に言った。「この大会直前の気持ちを普段も持ち続けていれば、優勝できる。普段から大会直前の気持ちを忘れないように。」つまりは、普段は気を抜いて練習しているくせに、大会直前だけ気合入れても勝てるわけがない。普段から緊張感もって練習しろよ、ということだろう。だいぶ昔の事なので私の都合の良いように改変されているだろうが、大意はそういうことだったと思う。

それと同じで、試験の半年前、1年前から、この試験直前の3か月間の緊張感を持って勉強できていれば、受からない試験などない。少なくともペーパー試験では。

その緊張感を維持することが難しいし、どうしても気持ちに波が出てくる。この精神面をうまく操縦して、一定の努力を続ける工夫をすること。それが自律、ということで、その一役をこのブログがになっているということなのだが。

チームでも自律を維持することが難しいのだから、個人ではなおさらそうかもしれないし、逆にチームだと倦怠感も共有されやすい面もあり、孤高の人と言うのもいるから、一概にはなんともいえない。

自律を維持する仕組みのベストなものって、なんなのだろうか。